音楽の三要素
音楽にある三要素(旋律、和音、リズム)はそれぞれ、音楽の時代における流行を産み出して来たと思う。
旋律の音楽(ジャズ・モード)や和声の音楽(バッハ、ドビュッシー)それからリズムの音楽(ラテン、ダンス)それぞれ( )内の時代はバラバラになってしまったけれど、私が一番に思いついたものを入れました。
分かりやすい例が入っていると思います。
音楽の三要素、どれか一つでも欠けてしまえば面白みのない音楽になってしまいますから、一つの楽曲の中には、少なくとも少しの旋律、和声、リズムのフィーリングが必要になってくると、私は思います。
私の好きな音楽は和声の音楽。
バッハやドビュッシーの時代に始まり、ジャズも和声的要素が非常に強い音楽だと思います。
コントラバスの奏でるバス、ピアノの内声とソプラノ。
こんなに完成された和声の実験場はベストな音楽制作環境の一つだと思います。
録音を除いて、音と音の一期一会のアドリブという環境はある種音の屠殺場と言ってもいいかもしれません。
この和声をまくり立てるように、ときには後から静かについて行くように、奏でられるドラムのリズム。
こんなに心地いいものはありません。
音楽大学でたとえプレーヤーであったとしても受けなくてはならない科目『和声』。
今のブームはリズム音楽なのでしょうか。
ひょっとしてリズムの流れも終わって来たかもしれません。
また和声を基に作った曲が重用視される時代がくるのを私は心待ちにしています。
クラシックを聞きながら食事作り
私は毎日、まだ家族が誰も起きていない早朝、クラシックを聞きながら食事作りをする。
特別クラシックが好きと言うわけではないのだが、なぜか早い朝の時間だけはクラシックが良いと思うのだ。
日中も一人でいることが多い私だが、この朝の一人の時間は格別だ。
凄く贅沢な時間のように思えてくる。
我が家は一戸建て。
小さくてこじんまりとした家だ。
でも、家具もほとんどなく廊下も少ししかない。
天井が異常に高く、階段は一般的なステップよりもかなり大きく作ってある。
吹き抜けの玄関。
夏は特に涼しくて快適である。
しかし冬はけっこう寒い。
このがらんとした室内は、本当に開放的である。
物が少ないので掃除もしやすい。
物がないのはとても良いことだと私は思う。
身軽であり無駄が無いのだ。
掃除に費やす時間も、かなり節約できているのではないだろうか。
CDを一枚聞き終える頃に家族が起きてくる。
主人は職場に行く。
子供は学校だ。
こんな風景をもう何度も見てきたはずなのに、毎朝思う。
今日も一日無事であるようにと。
でも、夕方はそんな心配はまるでない。
それどころではなく時間に追われているからである。
「ただいま」とおおきな声で子供がランドセルを背負って帰って来る。
「ただいま」と申し訳なさそうに静かな声で話すのは、夜遅く帰って来た主人だ。
ごく当たり前のこんな風景を、私はずっと見ていたい。
でも、それもいつか見られなくなる日がやってくるだろう。
「ただいま」、「おかえり」が言えるこの日々は、きっととてもとても幸せでかけがえのないものなのであろう。
もちろんそれをよく分かっている。