教育

常々思っていたことがある。
学校の勉強って本当になんのためにやるんだろうと。
いや、勉強ができないのをそのせいにするわけではないんだけど…

自分の可能性を大きくしておくためだ、と聞いたときはなるほど、と思った。
いろいろなことを知ることで、なにが自分にひっかかって、なにが開花するかわからない。
その可能性をたくさん持っておくこと。
そして、何年か後にしたいことが見つかったとき、勉強ができないからという理由だけでその道が断たれないように、できることにこしたことはないと。
なるほど、そのための勉強か。
だけどつまらなかった。
十代の頃行った海外で、英語の授業が役にたたないことに愕然とした。
今は授業自体も変わっているんだから違うのかもしれないけど。
bookが本だと知っていることになんの意味もないのだ。
その言葉を聞き話す、そしてそうしたいと思う気持ちと理由がなければ。
それでもうひとつ、勉強ってつまらないと認識してしまった。
テストのために知識を詰め込んだところで何になるんだろう。
…という考えをもとに、テスト勉強もしませんでした!
(今となっては反省)
みんなはもっと、ちゃんと勉強する理由を見つけていたのだろう。
感謝しているのは中学校の先生だ。
3年生の時の担任で、進路相談をしたときに「おまえはおまえの、好きなことだけをしたほうがいい」というので、その後の進路が決定した。
当時はあまりなかった選択肢だ。
それで個性を磨けたかどうかはわからない。
だけど自分の子供には、選択肢というものがもっとあればいいのになと思うのだ。
何歳、何年生、というのではなく。
知識を競うのではなく、考察力を磨いて、違う意見を言う人のことも認められるちからを持つために、与えられる学びの場所も自分でもっとフランクに自分で選べたらいいのにな。
安く。

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