砂壁の思い出
前に住んでいた家は大分古かったので、何と壁は砂壁であった。
漆喰の壁というのは、最近でも見直されてきてよく耳にするが、砂壁というのはあまり聞かない。
本当に古いお屋敷なんかではあるだろうけれども、今から建てる家で砂壁は使わないような気もする。
けれども私は大好きであった。
砂を塗っているから自然な凹凸があって、表情がある。
なんだかさびた感じがよかった。
色もくすんだ色で落ち着きがあってよかった。
けれども、先に述べた如く、その家は古い家であったので、時間の経った砂壁の困った点というものもよく身にしみて知れたのである。
まず、時間が経つと砂がはがれてくるということ。
ちょっとした力でもさらさら落ちてくる。
酷いときは、ごそっと壁のかけらごと落ちてくる。
そして、身体やものが軽く触れただけでもいくばくかの砂が落ちてくる訳で、掃除してもしてもしても砂が隅にたまっていくのである。
これには掃除嫌いの私でも閉口した。
掃除機で取ろうが、コロコロでとろうが、何しようがいつまでも出てくるのだからもうお手上げである。
かといって掃除しないでいると、本当に吹き溜まりのようになるのだ。
そのくせ壁の砂は減る気配もなく、次から次へと新しいのが落ちてくる。
不思議だ。
そして、砂が塗ってあるざらざらした表面がむき出しなので、ちょっと肌があたっただけですりむく。
私は家の中を慌しく小走りで移動していたので、しょっちゅう壁に衝突していたため生傷が耐えなかった。
これが新しい砂壁であったならば症状は軽かろうが、何分古いためにもうどうしようもなかった。
そんな苦労をしたけれども、いざその家を越して後にするとなった段、家中の何よりも、その砂壁に未練を感じた。
これもまた、不思議である。
苦労すればするほど、思い入れというのは強くなるようである。